マジ暑いな。
暑さにかまけてナカナカ本屋に行く機会を作れないまま「上田の巨匠」さまの2025年6月29日の記事を拝読します。
いよっし、掛け声イッパツ重い腰を持ち上げ、ローズマリー・バトラーの歌をうろ覚えでフフンフ〜ン♩フフンフ〜ン♩
調子良く鼻歌をかましつつ本屋へ赴き、平積みされたなかから一冊買い求めます。
内容については巨匠さまによる解説の通り。タミヤの黄色いYZRとほぼ同じモノが現金積めば買えたかもしれないと
いうこと。それほどまでに当時のヤマハにとって、スズキの市販車RG500が脅威だったことが読み取れます。
当時のホンダは4ストロークのNR500をどうにかしようと悶絶しつつ、3気筒のNS500を開発していた頃のことです。
TZ500については併せてこちらも読むと面白さ倍増だと思います。
巨匠さまが触れていたRIDING SPORT誌について復刻印刷版があったと思い、本棚をアラアラしくまさぐってみます。
RIDING SPORT 1982年12月 創刊号 復刻印刷版 三栄書房刊
ピンボケですが創刊された当時、初冬の頃ならモトクロスだわな。といった感じの表紙。
復刻印刷版とあって、出版時のページをスキャンしてるのか文字印刷部は不鮮明で読みづらさを強く感じます。
判型も小さくなっています。記事化された広告以外は削除されているため、市販レーサーの広告を見つけられません。
ぬぅーと唸り、発行当時の雑誌を捨てなきゃよかったとグジグジ後悔しながらページをパラパラめくってみます。
巻頭カラーページ最初の記事は金谷秀夫氏引退のニュース。この年のゼッケン1は「大木圭史」こと木下恵司氏。
そしてカワサキKR500開発中止のニュース。日本で四つ巴のレースを見たかったのは私だけではないと思います。
右上にホンダのNS500を市販化検討というニュース。
翌1983年にはRS500として市販化され、ワイン・ガードナーなどがRS500を駆ってWGP500参戦を果たしています。
RIDING SPORT 1983年8月号 復刻印刷版 三栄書房刊
ファニーな顔つきのカワサキKR1000の表紙。ボルドール24時間耐久レースの記事は胸が熱くなります。
ホンダのNR500や、NS500の開発に携わってきた木山賢悟氏が6月の鈴鹿で亡くなったことを伝えています。
RIDING SPORT 1984年6月号 復刻印刷版 三栄書房刊
前年にWGP500を引退したケニー・ロバーツ氏も参戦したデイトナ200には、300番台の外人ゼッケンを与えられた
平忠彦氏も参戦。左胸には鳳凰をかたどった円形の角川ノベルズのワッペン。映画出演以降続いたスポンサードです。
映画のパンフレットは処分していましたが、愛用のZライトのカバーに北野晶夫のステッカーを貼っていました。
ノスタルジーのようなものです。
検討課題
・断捨離は来世で考える
・ホラ見ろやっぱりを噛みしめる
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